
心と身体のトリセツ・ナビゲーター
長南哲郎
(ちょうなん・てつお)

異色の施術師
ライフストーリー
異色の「心と身体のトリセツ」が生まれたのは・・・
映画が大好きで、20代のときは映像制作のスタッフをしていました。
しかし、仕事として映画に関わるようになると、純粋に作品を楽しめなくなり、
あれほど好きだった映画も次第に観なくなってしまいました。
撮影現場は楽しかったものの、仕事はハードでした。
撮影がはじまると、クランクアップするまで睡眠は一日2時間ほど。
そうした日がつづき、心身ともに悲鳴をあげました。
自損事故でしたが、疲れから大きな交通事故も2回経験し、
「このままでは大変なことになりかねない」と映像の世界を離れました。
「さて、やめてどうしようか」と考えたときに、
身内に看護師や保健師など医療職が多かったため「医者になろう!」と一念発起。
それまでの人生、ほとんど勉強してこなかったので、
一度トコトン勉強して、医学部を受けてみようと決意したのが25歳のときです。
それから予備校に入り、中学・高校の内容を一から学び直して勉強漬けの日々。
2年間、必死にがんばって医学部を受験するも不合格に終わりました。
その後、祖父母のヘルパーさんだった人から理学療法士をすすめられ、
昼は映像の編集のアルバイトをし、夜は夜間の専門学校に通って、
理学療法士の資格を取りました。
30代には病院に勤務し、多くの患者さんを担当するようになりました。
リハビリをすることで、人の身体が快方に向かって変わっていく─
そこに自分自身が関われるおもしろさを感じました。
一方で、身体の機能が回復してくると、
治そうとして病院に来ているのに、なぜか「治そうとしない行動」をして、
またケガをしたり、再び症状が悪化したり、悪循環を繰り返す人がいたのです。
そうした患者さんをみると、心の問題を抱えている人がほとんどで、
リハビリに時間がかかり、病院では対処できないケースも。
身体だけでなく心の状態も良くないと、人は変わらない…と実感しました。
しかし、病院では一人の患者さんにかけられる時間は限られ、
心の問題にまで深く関わることができませんでした。
そこで、病院という場ではできないことをやろう、
身体と心のケアを同時に進める独自の施術をしようと、40代で病院を退職。
心と身体のバランスを一緒に整え、心と身体の痛みをとる
『心と身体のトリセツ・ナビゲーター』として活動をスタートしました。
現在は、お一人お一人の「心と身体」にじっくりと向き合い、
「心身の痛みのない毎日」へナビケートして、人生を変えるお手伝いをしています。
身体の痛みがとれてラクになると、気持ちも明るく前向きになります。
自分が本当に望んでいる生活に向かって、スムーズに行動できるようになります。
そうして「なりたい自分」に変わった方の喜びが、私にとっても何よりの喜びです。

